君が欲しい (1993)
2007年 03月 22日
“すべての音盤はすべからくターンテーブル上(CDプレーヤー内)で平等に再生表現される権利を有する”
この宣言通り、この世の果てに打ち捨てられた特異な歌謡曲の亡骸を掬い取るべく活動に勤しむ幻の名盤解放同盟。
愛する者を自らの手で殺めてしまうのと同じくらい業が深い歌謡曲の一大絵巻として彼らが丹精込めてまとめ上げた編集盤シリーズを採り上げて行きます。
藤本卓也と言えば“夜のワーグナー”や“闇の帝王”と呼ばれていますけれど、本盤の帯には“歌謡界のカール・ゴッチ”と謳われています。
作詞作曲は勿論、編曲についても多く手掛ていまして、徹頭徹尾ハードコアな藤本卓也作品集でございます。
得も言われぬ胸騒ぎを起こさせるシンセサイザーの不気味な音色から導かれるM1「君が欲しい」では歌い出しから“君の胸にメスを入れて 裂いて開いて にくい悪魔 つかみ出した 夢を見たけど”と始まりまして、“いっそ君が 死んでくれたら 君はぼくの ぼくだけの ものになるけど”などと続きます。
ラオウのユリアに対する想いか、はたまた『愛の流刑地』でしょうか。
それにしても、魔界にでも足を踏み入れてしまったのかと思わされます。もはや、絶句です。
本盤のジャケット・デザインはこのM1「君が欲しい」のシングル盤のものを加工したというのですから度肝を抜かれます。
異様な電波を発する佐々木早苗の魂が刻み込まれているのが、M2「最後の人」です。
特にサビでは時空間を歪めるかのように歌い上げております。想像を遥かに超える歌唱力です。
同じく佐々木早苗のM4「恋の味」は意外にもフロア映えする1曲です。
歌詞の上でThe Doorsの「Light My Fire」と「Touch Me」とが合わさったようなダンサーです。
続く紀本ヨシオによる3曲について、一聴して曲調が地味ながら歌詞に込められた情念の質量が人一倍高いのです。
軽快なエレキ・インスト、M9「戦場の星」の歌入り版がM10「戦場の星」でして、バンジョーの音がしみったれた風情を醸し出しています。
M11「恋の人魚姫」には東洋音階を忍ばせつつ、切ない恋を歌わせています。
M12「窓ぎわの女」もザ・キャラクターズによる楽曲です。恐ろしく縁起の悪い歌詞に綺麗なコーラスを乗せるという荒業が目を惹きます。
藤本卓也作品における小道具の定番、クィーカが活躍するM13「雨の連絡船」では小節が転がるごとに情念が渦巻く怨歌の如き1曲です。
原みつるとシャネル・ファイブの3曲について、解説にある“ニュージャージー・ソウル歌謡の名作”というひと言には目から鱗です。
そう言えばCarnival Recordsの音源がまとめられた編集盤を持っていることを思い出しました。The Manhattansのほかにも優れたグループが競い合っています。
また、藤本卓也作品集のテイチク編、『真赤な夜のブルース』(1993)にも収録されていますM18「稚内ブルース」は、ご当地ソングとしてはいささかはた迷惑とさえ感じられます。
最後を締めるM19「島の乙女」にて再び林和也が登場します。
“ヤンヤンヤンヤヤンヤヤーンヤーン”と始まる冒頭のファルセットで魂を抜かれてしまいますが、ひら歌からこちらは血反吐を吐くが如く歌うM1「君が欲しい」とは対照的に意外と度量の大きさを示していますし、ソウルフルですらあります。
これがM1「君が欲しい」のB面曲だというのですから、それだけで身震いが止まりません。
シリーズ屈指の霊気が立ちのぼり、空恐ろしいほどの暗黒歌謡が目白押しの1枚です。
収録曲は以下の通りです。
M1「君が欲しい」林和也(1973)
M2「最後の人」佐々木早苗(1968)
M3「私の宝」佐々木早苗(1968)
M4「恋の味」佐々木早苗(1969)
M5「あなたがこわい」佐々木早苗(1969)
M6「だから泣かないで」紀本ヨシオ(1965)
M7「ひとりぼっちのビギン」紀本ヨシオ(1966)
M8「砂に咲く花」紀本ヨシオ(1967)
M9「戦場の星」津々美洋とオール・スターズ・ワゴン(1966)
M10「戦場の星」ザ・ライジング・サン・トリオ(1967)
M11「恋の人魚姫」ザ・キャラクターズ(1973)
M12「窓ぎわの女」ザ・キャラクターズ(1973)
M13「雨の連絡船」鳳けい子(1969)
M14「アモーレ港」水木炎(1973)
M15「恋人さがし」水木炎(1973)
M16「信ずる他にない」原みつるとシャネル・ファイブ(1972)
M17「白い慕情」原みつるとシャネル・ファイブ(1972)
M18「稚内ブルース」原みつるとシャネル・ファイブ(1971)
M19「島の乙女」林和也(1973)