真赤な夜のブルース (1993)
2007年 06月 16日
“すべての音盤はすべからくターンテーブル上(CDプレーヤー内)で平等に再生表現される権利を有する”
この宣言通り、この世の果てに打ち捨てられた特異な歌謡曲の亡骸を掬い取るべく活動に勤しむ幻の名盤解放同盟。
空前絶後の業の深さを誇る歌謡曲の一大絵巻として彼らが丹精込めてまとめ上げた編集盤シリーズを採り上げて行きます。
このシリーズの本丸、いやさ歌謡曲の核心を絶妙に突き崩してしまった“夜のワーグナー”こと藤本卓也の魂が込められた全21曲。白昼堂々と聴くには憚れるほどの魔力を持ち合わせております。
まずは延べ9曲が収録された矢吹健という歌い手。
冒頭のM1「あなたのブルース」がデビュー曲にもかかわらず大ヒットとなり、日本レコード大賞(!)の新人賞を獲得したそうです。
ひら歌の部分から一気に沸点へと達しそうなこのM1「あなたのブルース」には魔物が棲んでいるに違いありません。
見事なまでに藤本卓也の
2曲目は矢吹健の2枚目のシングルのA面曲、M2「真赤な夜のブルース」です。
“真赤な夜”とはこれまた不健全極まりない、というよりもあってはならぬ異常な事態です。
この破滅型の歌い手があたかも血の涙を流しながら歌い上げているかのような鬼気迫る絶唱の凄惨さ。真夜中に蠢く鵺が憑依したかのようです。
強烈な存在感を放つM3「断絶のブルース」を挟んだ4曲目のM4「忘れさせて」。倒錯した感情が高ぶりエクトプラズムの如く体外へと噴出し、周囲を凍てつかせる戦慄の悶絶歌謡とはこのほかにございません。
にじる寄るサックスの音色をものともせず、鼻水混じりのうえに自虐的極まりない市川好朗の歌は勝手に絶頂を迎えて果てて行くだけです。
あまりの表現力に失笑どころか失禁ものでしょう。
表題がどうしようもなく突拍子もないM5「蒸発のブルース」の場合、のっけから“だ〜ぁめぇ〜”とダメ出しを受けなくてはならいという無茶な1曲です。
矢吹健が歌う八方塞がりの薄幸さ加減に聴いているこちらがどん底に突き落とされる思いです。
本盤ではクィーカが軽快にリズムを刻むM6「まぼろしのブルース」佐久間浩二とそれ以上にラテン色の強いM19「まぼろしのブルース」勝彩也とを競演させております。
この「まぼろしのブルース」こそ日本歌謡界にとって幻のお宝なのではないでしょうか。
よりによってこの季節、暑苦しいまでの歌声が首筋にまとわりついて来るような前者の灰汁の強さには生きた心地がしません。ファズ・ギターまでねっとりと響いております。
後者でもゴン太くんが特別出演しているかの如きクィーカの力も存分に借り受けまして、嫌らしさ満点に迫りまくります。
再び矢吹健による4連打がこれまた嗚咽が漏れ聞こえて来そうな暗黒歌謡なのです。
健気にも聞こえるM7「負けるもんか」では、男を捕らえようと蜘蛛の巣を張ったような女性の生態が描かれているような気がします。
一転して口笛を交えた朗らかな曲調のM8「忘れないよ」には逆に薄気味悪さを感じてしまいまして、すっかり藤本卓也の魔力に魅せられてしまいます。
M10「夜は千の目を持つ」では“人の為と書いて偽りと読むのね”と一撃必殺の超絶フレーズが炸裂しております。
女性の歌声が映えるM13「恋時計」とM14「夢に咲く花」におきましては、空恐ろしいほどの暗黒歌謡が雪崩を打つ本盤の選曲にあってほどよいアクセントとなっております。
安らぎます。
同じ崖っぷち歌謡とは言え、以前に採り上げました『君が欲しい』(1993)にも収録されている“ニュージャージー・ソウル歌謡の名作”っぷりとは似ても似つかぬM16「稚内ブルース」は相変わらず後がない、先がないと孤高のやさぐれ具合です。
終盤にかけましてもうひと盛り上がりです。
後に幻の名盤解放歌集ー*テイチク編『ダイナマイト・ロック』(1995)という編集盤で大きく扱われることになる梅宮辰夫が初お目見えです。
男のシンボルが大活躍する無敵のM17「シンボル・ロック」が抑制の効いたファンキーさで以て貴女に迫ります。
お前のものは俺のもの、俺のものも勿論俺のものと言わんとばかりのM18「夜は俺のもの」では無類の我がままっぷりを押し通しながら日付を越えて行きます。
最後に駄目押しのM20「休ませて」で矢吹健が吠えて吠えて吠えまくります。文字通りの激唱と言うほかありません。
そして、妖しく火花散るような本盤を締めくくるのはM21「あなたのブルース」のカラオケ版という抜かりのなさです。
今や忘却の彼方へと追いやらたと思いきや、クレイジーケンバンドなどの活躍によって見直される機運にある昭和歌謡のさらなる奥底を垣間見ることの出来る、シリーズ随一の傑作選に違いありません。
太鼓判を押して差し上げます。
同じ幻の名盤解放歌集の『スナッキーで踊ろう』(1992)や以前に採り上げた同じく藤本卓也作品集*キング編『君が欲しい』という屈指の編集盤をも凌ぐ完全無欠の1枚です。完璧です。
通して聴いてみますと体力消耗も著しいとんでもない1枚ですね。滅多に聴くもんじゃありません。ある種の拷問と呼べるのではないでしょうか。
どこから聴いても藤本卓也作品であり何を聴いても藤本卓也の過剰なまでの世界観が叩き付けられている始末なのです。
収録曲は以下の通りです。
M1「あなたのブルース」矢吹健(1968)
M2「真赤な夜のブルース」矢吹健(1968)
M3「断絶のブルース」佐久間浩二(1970)
M4「忘れさせて」市川好朗(1969)
M5「蒸発のブルース」矢吹健(1968)
M6「まぼろしのブルース」佐久間浩二(1969)
M7「負けるもんか」矢吹健(1970)
M8「忘れないよ」矢吹健(1968)
M9「うしろ姿」矢吹健(1969)
M10「夜は千の目を持つ」矢吹健(1981)
M11「女はそれを持っている」佐久間浩二(1970)
M12「愛の証しを」佐久間浩二(1970)
M13「恋時計」みずさわ美都とクレイジー・ラブ(1974)
M14「夢に咲く花」マリサ美樹(1969)
M15「淋しくないかい」市川好朗(1969)
M16「稚内ブルース」小宮あけみ(1968)
M17「シンボル・ロック」梅宮辰夫(1970)
M18「夜は俺のもの」梅宮辰夫(1970)
M19「まぼろしのブルース」勝彩也(1972)
M20「休ませて」矢吹健(1970)
M21「あなたのブルース」(ナレーション付カラオケ)(1970)